第14回 私たちはなぜ歳を取るのか

石井直方 博士
東京大学名誉教授
東京大学特任研究員
東京大学社会連携講座 講座長
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これまで筋肉と健康の関係を中心にお話ししてきました。今回からは、「若さ」を維持するための筋肉の重要性について考えて行きます。

まず導入として、「老化」「死」について少し掘り下げてみたいと思います。

「歳を取る」のは当たり前か?


「歳を取る」ということばは二つの意味を含んでいます。一つは誕生日が来て年齢が増えること、つまり「加齢」。もう一つは、歳とともに体の生理的機能が次第に衰えること、つまり「老化」です。英語の“Aging”にもこれらと同じ二つの意味があります。

私たちは子どもの頃から、これらの両方を「当たり前のこと」のように認識しています。誕生日が来ればケーキのろうそくが1本増えますし、歳を取っておじいさん、おばあさんになることは身の回りの例からすぐにわかります。

しかし、加齢とともに白髪やシワが増えたり、日常生活が不自由になってきたりすることは、はたして当たり前のこととして受け入れるべきなのでしょうか。

老化を諦める必要はない


「不老不死」は昔からの人類の夢ですが、生物としてのヒトにとって「死」は必然であり、受け入れなければなりません。生存環境を子孫に譲らなければならないからです。「子孫」ということばの通り、子が生殖年齢に達し、孫ができるあたりで死を迎えるのが生物としては理想的です。

実際、ヒトの平均寿命は100年くらい前までは45〜50歳でした。ちょうど子が生殖年齢に達したあたりです。もちろん、歴史上はるかに長寿だった人物も存在しますが、この頃までは社会の中で老人や長老は希な存在であり、老化という現象そのものが問題にならなかったと考えられます。

しかしその後、医療技術の進歩と生存環境の整備によって、ヒトの平均寿命は80歳以上にまで伸びてきました。おそらく生物としては想定外の寿命となり、その結果老化が顕在化したといえます。「老化が存在するのはヒトとペットのみ」という説もあるくらいです。

このように、生物としてのヒトにとって死は必然であるものの、徐々に老化し衰えて行くというプロセスには必然性はないと考えられます。老化は当たり前のものとして諦めるのではなく、制御可能なもの、あるいは制御すべきものとみなすべきでしょう。

どのような仕組みで老化が起こるのか?


それではどのような仕組みで老化が起こるのでしょうか。これまでさまざまな説が提唱されてきましたが、決定打はなく、「老化の仕組みの解明は、人類に残された最大の生命科学的課題のひとつ」とされています。

代表的な説として、「活性酸素説」「循環因子説」「糖化ストレス説」などがありますが、それらについては次回以降、筋肉との関係に焦点を当てながら、必要に応じて紹介します。

何歳まで生きられるか:ヒトの限界寿命


老化をうまく制御できたとして、私たちは何歳まで生きることができるでしょうか。結論から言うと、ヒトの限界寿命は115〜120歳と考えられます。

まず、国勢調査の結果などから、ある年齢の集団がこの先1年間に死亡する確率を算出することができます。こうして作成した「生命表」から「死亡率が1.0になる年齢」を推定すると、それが限界寿命に相当します。日本人の場合、こうして求めた限界寿命は120歳ほどになります。

次に実例では、記録上の最長寿命はフランス人の女性の場合で122歳とされています。しかし、その他には115歳を超えた例が見当たらないため、115歳をヒトの限界寿命とする場合が多いようです。

このように限界寿命が存在するのは、体を構成する細胞そのものに寿命があるためです。細胞の寿命には「分化寿命」と「分裂寿命」があります。

分化寿命は、筋線維、神経などのように、基本的に再生しない組織をつくる細胞が正常な機能を維持できる期間です。一方、分裂寿命は、皮膚、消化管上皮、血球などのように、幹細胞が分裂して次々に新しい細胞を再生する組織で、細胞分裂が可能な回数を指します。

分化寿命と分裂寿命によって体の細胞数が次第に減って行くプロセスを老化と捉えることも可能です。分化寿命も分裂寿命も適切な運動やトレーニングによって延伸可能なことが示唆されています。

平均寿命は延びても、限界寿命は理論的に延びません。しかし、限界寿命を120歳としても、還暦を迎えてまだ「折り返し地点」なのです。

暦年齢と生理学的年齢


誕生日が来て当たり前に増える年齢を「暦年齢」といいます。一方、体の生理的機能に基づく年齢を「生理学的年齢」あるいは「生物学的年齢」といいます。

老化は「生理学的年齢を加えること」といえます。加齢はやむを得ませんが、生理学的年齢を増やさないことが大事です。これを減らすことで「若返り」もできるでしょう。

生理学的年齢として、「血管年齢」、「肌年齢」、「活力年齢」、「筋肉年齢」、「見た目年齢」など、さまざまなものを想定することが可能です。私たちの研究プロジェクトでは現在、筋肉年齢の評価法を考案しているところですが、これについては次回にお話ししましょう。