第10回 何歳までトレーニングによって筋肉は増えるのか

石井直方 博士
東京大学名誉教授
東京大学特任研究員
東京大学社会連携講座 講座長
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健康寿命を延ばすには、サルコペニア(加齢に伴う筋肉量の減少と筋力低下)を予防することが重要であり、そのための有効な手段としてスロトレをお勧めしてきました。

それでは、何歳くらいまでであればトレーニングで筋肉を増やすことが可能なのでしょうか。

高齢者は筋トレしても筋肉は増えない?


実は1990年くらいまでは、高齢者が筋トレを行った場合、筋力は増えても筋肉の量はあまり増えないのではないかと考えられていました。

この頃は筋電図を用いて筋肉の活動を測定する研究が盛んに行われていて、高齢者では筋トレ後の筋力の増加筋活動レベルの増加が比例するという報告がなされました。

その結果、高齢者における筋トレの主効果は中枢神経系の抑制が低減することによる筋力の向上であるとみなされ、運動生理学の教科書にも長い間そのように記載されるようになりました。

こうした見方に至った理由は2つあります。まず、現在のMRIのように筋肉のわずかなサイズの変化を検出できる技術が未発達だったこと。二番目は、筋トレのプログラムそのものが確立されていなかったために、高齢者の研究では強度や量が不足していたことです。

筋肉が増えた最高齢記録は?


その後、筋トレの一般的プログラム(第2回「スロトレのすすめ」参照)が確立され、高齢者でも筋肉が増えたという研究が続々と報告されるようになりました。

私たちの研究グループでは、スロトレによって平均年齢約70歳の高齢者(健常者および糖尿病患者)でも筋肉量の増加が起こることを4編の論文にして公表しています。同様の年齢層を対象とし、筋肥大のための一般的プログラム(80%1RM中心の高強度を用いる)で筋肉が増えることを示した研究は数多くあります。

一方、超高齢社会となった現在では、70歳という年齢は高齢者としては若干物足りないかもしれません。研究論文として報告されている中で、筋トレによる筋肥大が起こった最高齢は何歳でしょうか。

その「極め付け」はデンマークの研究グループによる2007年の報告でしょう。彼らは85歳〜98歳の高齢者(平均年齢89歳)を対象として、3ヶ月間の筋力トレーニングの効果を調べています。

高齢者30名をそれぞれ15名ずつトレーニング群と対照群に分けていますが、最後までトレーニングを完結した人数は11名で、その年齢の範囲は85歳〜97歳ということです。

トレーニングは膝の伸展・屈曲(レッグエクステンション/カール)で、3週目〜12週目にかけて筋肥大のための一般的プログラムに従って、80%1RM×8回×3セットを3回/週行いました。

その結果、膝伸展筋力が平均38%増加し、大腿四頭筋の筋横断面積が平均9.8 %も増加したということです。さらにバイオプシー(筋生検)を行い、速筋線維で平均22%の横断面積増加を報告しています。

トレーニング群の中の97歳の方がどうであったかについては、残念ながら論文の中に詳細な記載がありませんが、平均年齢89歳のグループでこれだけの効果が上がったということだけでも特筆に値します。

中枢神経系へのトレーニング効果は大きい


上記の研究では、筋横断面積が9.8%増加したのに対し、筋力は38%も増加しています。これは、中枢神経系(脳)での抑制が低減し、筋線維を十分に活動させられるようになったためと解釈されます。

筋トレによるこうした神経系の適応は若齢者でも同様に生じますが、高齢者では「力を出す」という場面が日常的に少なくなっている、つまり力を出すことから遠ざかっている状態にありますので、より著しく起こるといえます。

私たちのグループの研究でも、30%1RMという低強度を用いて普通の動作スピードでトレーニングを行っただけで、高齢者では筋力が増加するという結果を得ています。この場合、筋肉は増えませんが、まずこのような低強度の筋トレで筋力発揮に慣れておき、次に筋肉を太くするプログラムへ移行するという方策も有用でしょう。

タンパク質摂取との関連性


高齢者が筋トレによって筋肉を増やそうとする場合には、タンパク質の摂取にも注意が必要と考えられています。

平均年齢74歳の高齢者を対象に、筋肥大のための一般的筋トレプログラムを3ヶ月実施した研究によると、トレーニング直後に10グラムのプロテインを摂取したグループでは筋肉量が増えたものの、トレーニング2時間後に摂取したグループでは筋肉量は有意に増えなかったと報告されています。

トレーニング栄養が筋肉づくりの両輪となることは年齢、性別を問わず重要なことですが、高齢者の場合には特にタンパク質の摂取のタイミングに注意が必要と思われます。