第2回 スロトレのすすめ(前編)

石井直方 博士
東京大学名誉教授
東京大学特任研究員
東京大学社会連携講座 講座長
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前回、健康寿命の延伸に筋肉が深く関わっていることをお話ししました。普通に生活していても、加齢とともに筋肉の量は減り、筋力も低下してゆきます。

これを「サルコペニア」といいます。

サルコペニアは、転倒や骨折の要因となるばかりでなく、脳卒中や認知症などの発症にも関連しています。

これまでの多くの研究から、サルコペニアの予防・改善には筋力トレーニング(以後「筋トレ」)が最も効果的なことが示されています。

一方、筋トレで筋肉量や筋力を増やすためには、トレーニングの強度、量、頻度などを適切に設定する必要があります。

このうち、強度は最も支配的な要素と考えられており、1種目につき「最大挙上負荷重量」(やっと1回上がる重さ:1RM)の80%の負荷強度(「80%1RM」と記述します)で、1セットあたり最大反復回数(やっとできる回数:80%1RMでは8回程度)、3セット程度を行うプログラムが「標準的」といえます。

強度が65%1RMを下回ると、一般には筋肉量や筋力の増加はほとんど期待できないとされています。

一方、高齢の方や疾患のある方にとって、高強度の筋トレは運動器の外傷や障害の危険性を伴います。これらは適切なフォームの指導などによってある程度回避可能ですが、もう一つ厄介な問題に運動中の急激な血圧上昇があります。

80%1RM強度の運動では、収縮期血圧が 250 mmHgを超えることもあります。健康のためのトレーニングでは、安全性と効果は両輪です。

そこで、低強度で誰にでも安全に行え、かつ筋量と筋力を増加する効果がある方法として私達の研究グループで開発したものが「スロトレ」です。

スロトレの生い立ち


スロトレの正式名称は「筋発揮張力維持スロー法」といいます。その名の通り、「筋肉が発揮する力を維持したままゆっくりと動作する」トレーニング法です。Tanimoto & Ishii (2006)により米国生理学会誌に公表したものがオリジナルです。

「スロトレ」という名称は、この方法を紹介するために国内で出版した本のタイトルとして使われました。

スロトレの源流は筋血流制限下のトレーニング(「加圧トレーニング」として知られる)にあります。

「加圧トレーニング」については、開発者からの依頼で、1995年から10年間ほど研究を行いました。

この方法では、四肢の付け根を専用ベルトで圧迫し、筋血流を制限して腕や脚のトレーニングを行います。動物実験を含むさまざまな研究を行い、40%1RM以下の低負荷強度でも著しい筋肥大をもたらすことなど、多くの興味深い知見が得られました。

一方、外部からの血流制限により血栓が生じる危険性が指摘され、実用上の問題点とされています。

そこで、外部からの加圧なしに筋血流を制限するために、筋収縮に伴う筋内圧の上昇を利用できないかと考えました。

まず、筋血流を測りながら徐々に発揮筋力を増してゆくと、最大筋力の30%程度の力を出したあたりで、血流の抑制が始まりました。このことから、30%程度の強度であっても、力を緩めずに持続すれば加圧トレーニングの場合と同様に筋血流の制限が起こることが示唆されました。

次に動作の影響を調べると、通常の動作スピード(1〜2秒で上げ下げする)では筋肉の緊張が緩んでしまう瞬間が出現し、筋血流の持続的な制限が困難なことが分かりました。

結果的に、「負荷の上げ下げにそれぞれ3秒以上かけ、常に筋肉の緊張を維持して動作する」ことが必要なことがわかりました。

自重負荷でも大きな効果が


スロトレの長期効果については、さまざまな年代の方を対象にした検証研究を行ってきました。

高齢の方(平均年齢約70歳)を対象とした研究では、強度を30%1RMまで下げた条件でも、週2回、3ヶ月のトレーニングで有意な筋量と筋力の増加が認められました。

太腿前面の筋肉(大腿四頭筋)は平均で5%ほど太くなりましたが、サルコペニアの進行速度(1年で約1%の筋肉量減少)と対比すると、たった3ヶ月で筋肉の年齢が5歳も「若返った」といえるでしょう。

負荷の強度が30%程度ということは、トレーニング器具を用いない「自重エクササイズ」でも十分な効果が期待できることを示唆しています。

そこで、高齢の糖尿病患者さん(平均年齢70歳)を対象として、自重負荷のスクワットを中心とするスロトレプログラムの長期介入(4ヶ月)を行ったところ、筋肉量と筋力の増加に加え、糖代謝機能の改善効果が認められました。

これらの研究から、スロトレがサルコペニアの予防・改善に効果的なだけでなく、糖尿病の運動療法としても有用であることがわかりました。

続き……スロトレのすすめ(後編)