第7回 筋肉はどのようにして増えるのか

石井直方 博士
東京大学名誉教授
東京大学特任研究員
東京大学社会連携講座 講座長
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前回(第5回)、筋肉が減ってしまう主な要因についてお話ししました(「筋肉はどのようにして減ってしまうか」)。今回は逆に、筋トレなどによってどのようにして筋肉が増えるのかについて考えてみましょう。

タンパク質の合成と分解のバランス


筋肉を構成する筋線維の大部分は、収縮のための装置(収縮装置)で占められています。収縮装置はアクチンミオシンなどのタンパク質からできていますので、筋線維は多量のタンパク質を含む細胞といえます。

筋線維の中では、タンパク質の合成と分解が常に起こっています。一見サイズが変わらなくても、一定量が分解されては同じ量が合成されて均衡が保たれており、これを「動的平衡状態」といいます。

この均衡が崩れ、分解が合成を上回ってしまうと、タンパク質量が次第に減って筋線維は萎縮し、逆に合成が分解を上回れば筋線維は肥大します。

この均衡の状態を左右するのが、運動、栄養、加齢、疾病などの要因といえるでしょう。

タンパク質合成を調節する主要な経路


細胞の中では、リボソームという小器官がタンパク質を合成する工場の役割を果たします。このリボソームのスイッチをオンにするはたらきをもつのが、「mTORシグナル伝達系」と呼ばれる化学反応経路です。

この反応経路は、IGF1(インスリン様成長因子)やインスリンなどによって活性化されますが、高い強度の筋トレ刺激によっても活性化されることがわかっています。

また、この反応経路は途中で「枝分かれ」をしていて、その下流の一方がタンパク質合成をオンにすると、もう一方はタンパク質の分解を抑制します。

つまり、合成も分解も同時に高めてしまうという無駄を防ぐ仕組みになっています。

スロトレはタンパク質合成を促す


スロトレ(第2回「スロトレのすすめ」参照)を行うと、mTORシグナル伝達系とタンパク質合成がともに活性化されることがわかっています。

私達の研究グループは動物実験で示しましたが、カナダの研究グループがヒトの筋肉でも確かめています。

「スローな動きがなぜよいか」については、まだ完全には解明されていませんが、個々の筋線維(特に速筋線維)が長い時間にわたって活動することが重要ではないかと考えられます。

細胞内のエネルギーセンサ


細胞内には、十分にエネルギーがあるか、そうでないかを測るセンサがあり、AMPK(AMP依存性キナーゼ)という酵素がその代表です。AMPKは細胞内がエネルギー不足になると活性化します。

活性化したAMPKは、さまざまな反応を調節します。

まず、糖質を筋線維に取り込むはたらきをもつ「糖輸送担体」を活性化し、同時に細胞内の「エネルギー生産工場」であるミトコンドリアの働きを高めてエネルギー獲得体制を強化します。

一方、mTORシグナル伝達系を抑制して、タンパク質合成にストップをかけます。タンパク質合成には多量のエネルギーを必要とするからです。「資金的ゆとりもないのに家を増築する」というようなことを防ぐ仕組みといえます。

栄養との関連性


健康な状態では、糖質を摂るとインスリンが分泌され、インスリンはmTORシグナル伝達系を活性化します。

さらに、筋線維の糖の取り込みが増え、その結果細胞内のエネルギー備蓄が増えますので、AMPKが不活性化し、タンパク質合成が活性化しやすくなります。

一方、mTORシグナル伝達系の調節にはアミノ酸も関係しています。筋線維の収縮装置を構成するタンパク質には、「分岐鎖アミノ酸」を多くもつという特徴があります。

分岐鎖アミノ酸にはロイシン、イソロイシン、バリンの3つがありますが、このうちロイシン(正確にはロイシンの代謝産物のひとつ)は mTORシグナル伝達系を活性化しタンパク質合成を促す効果をもちます。

細胞内にロイシンが多いということは、収縮装置を合成するための材料が十分にあることを示唆します。

一方、収縮装置のタンパク質分解が進んでもロイシンが増えますが、この場合には分解された分をすみやかに再合成するためのキーシグナルとしてはたらくと考えられます。

このようなことから、適量の糖質を摂ることと、ロイシンをはじめとする分岐鎖アミノ酸を豊富に含むタンパク質を摂ることは、筋肉づくりにおいてきわめて重要になると考えられます。