第5回 筋肉はどのようにして減ってしまうか

石井直方 博士
東京大学名誉教授
東京大学特任研究員
東京大学社会連携講座 講座長
……
詳しいプロフィールはこちら

加齢に伴って筋肉が減ることをサルコペニアといい、このサルコペニアをいかに予防し改善するかが健康の維持増進のために重要です(「筋肉と健康」参照)。

今回は、筋肉が減ってしまう仕組みについて、少し詳しくお話ししましょう。

筋萎縮の三大要因


筋肉が萎縮する要因にはさまざまなものがありますが、次の3つを三大要因と考えることができます。

  1. 不活動や除負荷(廃用性萎縮)
  2. がんなどの病気(悪液質性萎縮:カヘキシア)
  3. 加齢(加齢性筋減弱症:サルコペニア)

「速い筋肉と遅い筋肉:歳をとるとどちらが減るか」でお話しした通り、ギプス固定や寝たきりで起こる廃用性萎縮では遅筋線維が著しく萎縮しますが、サルコペニアでは逆に速筋線維が著しく萎縮するという違いがあります。

がんやエイズによる萎縮(カヘキシア)は、進行速度がとても速いのですが現象的にはサルコペニアに似ているといえます。両者とも、全身に炎症性の反応が広がることで、筋線維の中でタンパク質の分解反応が昂進してしまいます。

同時に、「マイオスタチン」(またはミオスタチン)という、筋肉の成長・肥大を抑制する物質(「筋肉と健康」で触れたマイオカインの一種です)が増えるという特徴があります。一方、廃用性萎縮ではマイオスタチンは増加しません。

筋萎縮を防げばがんでも死なない?


筋萎縮はがんやエイズにおける重大な病態のひとつと考えられています。

マウスにがんの組織を移植すると、カヘキシアによって急速に筋肉が萎縮し、すぐに死んでしまいます。ここで、上記のマイオスタチンのはたらきを強く抑制する薬物を投与すると、萎縮した筋肉のサイズが回復しますが、同時に動物の寿命が延び、正常な個体とあまり変わらないほど長生きすることが報告されています。

このような実験から、筋肉が減ることが、がんによる死因のひとつになりうると考えられます。さらに、がんになっても筋肉の減少を食い止めれば生存期間を延ばせるのではないかとも考えられます。

こうした理由から、「マイオスタチン阻害薬」の開発や臨床研究がさかんに行われています。

サルコペニアは複合的要因で起こる


現象としてのサルコペニアには、加齢そのものという要因ばかりでなく、加齢に伴う活動量の減少もその要因として含まれると考えられます。

サルコペニアになりやすい大腿四頭筋では、30歳を過ぎた頃から徐々に筋肉量の減少と筋力低下が起こります。

一方、「速い筋肉と遅い筋肉」でご紹介したように、速筋線維の数の減少と萎縮はともに40歳以降に顕在化します。

したがって、まず30歳以降に活動の低下に伴う廃用性萎縮がゆるやかに始まり、さらに40歳以降になると加齢による速筋線維の萎縮が始まって、両者の複合効果で加速度的に筋肉が減るのではないかと考えられます。

歳をとってからでも、ウオーキングなどの日常レベルの有酸素運動を続けることによって、廃用性萎縮に相当する部分は補うことが可能でしょう。しかし、加齢そのものを要因とする部分については、十分に補うことはできないと考えられます。

サルコペニアの改善にスロトレが効果的な理由


上述のようにサルコペニアカヘキシアでは、筋肉の成長を強く抑制するマイオスタチンが増加します。

このマイオスタチンは筋肉のサイズに強い影響を及ぼす物質で、突然変異や遺伝子改変によってこの物質を作ることのできない動物は、何もしなくても筋肉モリモリになります。これを「筋倍加変異」といいます。

一方、正常な動物に筋トレ刺激を与えると、一時的にマイオスタチンの量が減少することがわかりました。

特に、筋肉が力を出す時間を長くとり、3〜4秒かけてゆっくりと関節動作を行うようなトレーニング刺激では、著しい効果が見られました。

こうした効果は、スロートレーニング(スロトレ)が軽い負荷強度でも筋肉を増やす効果をもたらす根拠のひとつとなっています。同様に、サルコペニアやカヘキシアの予防・改善にも効果的なことが期待されますので、現在さらなる研究を行っているところです。