第1回 筋肉と健康(前編)

石井直方 博士
東京大学名誉教授
東京大学特任研究員
東京大学社会連携講座 講座長
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我が国では、全人口に占める65歳以上人口の割合が28%になろうとしています。この割合(高齢化率)が21%を超えた場合を「超高齢社会」と呼びますが、すでに我が国の状況は超高齢社会をはるかに超えています。

韓国や中国も20〜30年後には同様の状況を迎えると予測されます。社会の高齢化は世界的な問題です。

出典:内閣府 第1章 高齢化の状況(第1節 2)

こうした状況のもとで社会の活力を維持するために、少々大げさに言えば社会システムの崩壊を防ぐために重要なことは、「健康寿命」を延ばすことです。

健康寿命とは、「介護を必要とせずに健康的に過ごせる期間」(厚生労働省)をいいます。平均寿命が延び、「人生100年時代」ともいわれますが、健康寿命と平均寿命の差は、男性で9歳、女性で12歳もあります。人生の最後の10年間、すなわち10%以上の期間が、介護を必要としたり活動が制限されたりする期間になってしまいます。

健康寿命を延ばし、長期にわたって自立し健康的に過ごすことは、いうまでもなく個人の幸福につながります。同時にそれは社会貢献にもなるわけです。

一方、高齢期の健康は高齢者になってから考えればよいというものではなく、「今の健康」の延長線上にあります。できれば若く元気なうちから、長期的な視野で健康づくりに取り組みたいものです。

その鍵を握るものは筋肉といえます。

健康寿命を延ばす3つのポイント


まず、健康寿命を延ばすために何が必要かを考えてみましょう。

平成28年度国民生活基礎調査によれば、高齢者が要介護になった主な原因は、上位から順に1)認知症(18.0%)、2)脳卒中(16.6%)、3)高齢による衰弱(13.3%)、4)骨折・転倒(12.2%)、5)関節疾患(10.2%)となっていて、ここまでで全体の約70%を占めています。

これらのうち、3)〜5)には筋・骨・関節などの運動器の機能が関わっており、合わせると30%を超えます。

したがって、介護を予防し、健康で自立した生活を長くおくるためのポイントは次の3つに集約されます:

I)認知症にならないこと

II)脳卒中にならないこと

III)運動器の機能を維持すること

これらが達成されれば、要介護となるリスクが1/3以下になるといえるでしょう。

筋肉の3つのはたらきが健康に関わる


上のI)〜III)の3つのポイントはそれぞれ独立しているわけではありません。例えば、運動器の機能低下は、日常的な身体活動の減少を通じて脳卒中や認知症の発症にも関連します。

そこで、まずIII)の運動器の機能を維持することから考えてみましょう。この観点では、特に加齢に伴う筋肉量の減少と筋力低下、すなわち「サルコペニア」を予防することが重要です。

サルコペニアは、日常的な身体活動にとって重要な下肢・体幹の大きな筋群で起こりやすいからです。

筋肉は多様な機能をもちますが、その中で、

A)あらゆる身体運動の動力源となる

B)体温を産生する熱源としてはたらく

C)「マイオカイン」と総称される生理活性物質を分泌する

という3つのはたらきが、特に健康に深く関わると考えられます。

サルコペニアによって運動の動力源としての筋肉の機能が衰えれば、転倒や骨折のリスクが上昇します。

そればかりではなく、筋肉量が減少すると熱源としてのエネルギー消費能力や糖代謝機能が低下しますので、糖尿病とその合併症としての動脈硬化、脳卒中などのリスクも上昇します。

さらに、筋肉が分泌するマイオカインの中には、脂肪の代謝を活性化したり、脳にはたらいて認知症を予防したりする効果が期待されるものがあり、筋肉量が減少するとそれらの物質も減ってしまいます。

したがって、筋肉は上の3つのはたらきを通じて、健康寿命を延ばすためのポイントI)〜III)のすべてに関わっていると考えることができます。

また、サルコペニアに伴う筋肉量の減少がエネルギー消費能力の低下、摂食量の減少と低栄養を引き起こし、さらなる筋肉量の減少につながるという悪循環をもたらすことがあります。

これを「フレイルサイクル」と呼びます。

「フレイル」とは、健康な状態から要介護へと至る過渡的な虚弱状態であり、フレイルサイクルの進行は「引きこもり」や認知機能障害などの要因となることで、社会的健康および心理的健康も脅かします。フレイルサイクルを断ち切るには、まずサルコペニアを止めることが重要といえます。

続き……筋肉と健康(後編)